ついついやってしまうこと

あまり行きたくない忘年会に行ったり、別の忘年会に行ったら意外と楽しかったり、友達が話すのをひたすら聞いたり、久しぶりに本を読んだり、全然お金にはならないけど大好きな仕事をしたり、去年さぼってしまった年賀状を今年はちゃんと出そうと思い立ってデザインしたり、そんな風に過ごしている12月。

 

年賀状を作った。会社用のもの自分で作ったし、自宅用のも自分で作った。InDesignで写真とイラストとフォントを組み合わせてデザインするだけなのだけど、この作業がとにかく好き。特に、自宅用の年賀状は、今年はごくごくシンプルで、だけどめちゃめちゃ自分好みのデザインの年賀状ができあがって、とても幸せ。この、自分の欲しいものを自分で作れる、という喜びって、普遍的なものなのかもしれない。

 

歌いたい歌を自分の歌いたいように歌う、って、音痴の人には難しいことだ。走りたい距離を走りたいスピードで走る、って、足の遅い人には難しいことだ。描きたいイラストを自分のイメージ通りに描く、って、絵の下手な人には難しいことだ。

 

だから、自分のしたいことが自分のしたいようにできる、というのは、すごく限られた分野のことであっても、たぶんすごく幸せなことだ。

 

私は、自分の書きたい文章を書きたいように書くことはできる。自分の作りたい年賀状を自分で作りたいように作ることはできる。あと、なんだろな。大好きな歌に合わせて体を動かすことはできる。リズム感は良いほうだと思う。

 

付き合いたい人とうまく付き合うことは、あまりできない。大好きな人が、相手も自分のことを同じくらいに好きだという確信が持てない。自分がどうしたいか、よりも、相手が自分にどうしてほしいか(離れていてほしいとか、なるべくかかわってほしくないとか、そういうマイナス面も含めて)を先に考えてしまうので、図々しくかかわることができない。

 

同時に、私にかかわろうとしてくれる人に対しても、素っ気なくすることができない。とはいえ、最近は私にかかわろうとしてくれる人もだいぶ減ってきた印象ですが。

 

お金を稼ぎたいだけ稼ぐ、というのが今、いちばんできていないことです。やっぱり仕事というのは、やりたくないことだから金銭の支払が発生するんでしょうか。仕事も好きだし、働くのも好きだし、大好きな、つぶしたくない会社ではあるけれど、それでも仕事よりも「ついついやってしまう」ことって、ブログだったり年賀状のデザインだったり、するんですよね…。

 

おやすみなさい。

 

いつか、ラジオもやってみたい。ずっとできていないのだけど、いつか、やってみたいな、と、ずっと思っている。