私の心は焼け野原

昨日の夜までは大丈夫、と思えたのだが…。

 

今日になって、もう、どうにもこうにもならない感じです。私の心が、戦後の焼け野原になってしまった気分。

 

もう、離婚したいと言い出してから2年半になりますが、それより前の12年以上、夫は私にとっての神だったのです。私にとって夫は、私以上に、私自身以上に、私の人生以上に、敬い、崇め、尊重すべき存在だったのです。

 

だから、ひたすら私は仕えた。彼の望む妻になろうと、ひたすら努力した。ただただ、我慢に我慢を重ねた。

 

その神が、人であることに気づいたばかりか、どうしようもないバカで、モラハラ野郎のDV夫だ、ということを、友だちから気づかされてから2年半かけても、私はまだ受け入れられないでいるのだと思う。

 

バカで、モラハラ野郎のDV夫だ、とすべて一方的に認めてしまえるならば、裁判でもなんでも起こして、こてんぱんにやっつけてしまえばいいと思う。

 

だけど、それはできない。なぜなら、私は、神を神でないと気づいてしまったことに、罪悪感を抱いているから。

 

好きで好きで、大好きで大好きで、心の底から惚れぬいて自分の人生をささげてもいいと思った人を、いきなり貶めて容赦なく攻撃するなんてことは、私にはできない。

 

私は、今でも彼のことを好きでなくなってしまった自分を、責めている。それが、たとえ半分、好きでなくさせてしまった彼にも責任があるとしても。

 

彼が私を好きでなくても、私が彼を好きでいなければいけなかった、と、私は責任を感じている。私が、彼の人生を狂わせてしまった、と申し訳ない気持ちをいだいている。

 

だから、フィフティ・フィフティで離婚したい。できる限りの努力はしたけれども、夫婦でいられる時間を使い果たしてしまったのだから、これからは別の人生を歩みたい。

 

ただ、でも、それでも、私が彼の良い妻でいようとしていた10年以上の月日を認めてほしい、と思う。それさえ認められないのが、悔しいし、悲しい。

 

「君は金が欲しいんだよね?」「これでマンションも手に入ったら、金目当てに結婚した君にとってはいい結婚だったんじゃないの」とか、そんなセリフを言う彼も、言わせてしまう私も、悲しい。

 

ああ、悲しい。悲しいけれど、乗り越えなければいけない悲しみなのだ。

 

時間は巻き戻せないのだから。悔しいけれど、どこの時点に戻ったとしても、私は同じことをしたと思うので。後悔は、一つもない。後悔なんかしたら、それこそ自分が可愛そうすぎる。

 

可愛そうな私、って、自分に同情できない厳しさが、自分を苦しめる。

 

…私って、Sなのかしらん。