なんだか黒いものが出てきた

私の実家はド田舎で、両親は自由業ではないただの自営業で、お金持ちでもなんでもなく、むしろ小学生のときに車のなかで私も弟も寝てると思って両親がお金のことを心配して相談していたのを聞いてしまったくらいなので、わりとお金に苦労している家だと思っていたのだけど、そんな家でも、今思い返すと、私に対して「女だから」とか「女のくせに」みたいなことを、いっ

 

 

 

 

 

さい、言わなかったな、うちの両親は。

 

2歳下の弟と比べられることもなかったし、できのいい従兄弟たちと比べられることもなかった。「家族の恥だ」とか「親戚への顔向け」とか「世間体がどうの」とかも、いっさい言われたことはない。というか、感じたこともない。

 

高校時代に地元のちょっとヤンチャな年上の男の人と付き合っていたことがあったのだけど、母親が「うさぎがこんな田舎でお嫁入りしてそれでいいと思ってるなら私は何も言わないよ」と言われて、むしろ目が覚めて必死で勉強をし始めたくらい。

 

というような育ち方をした私が、結婚して、妻だから、母だから、嫁だから、妻らしくしろ、母らしくしろ、嫁らしくしろ、ってそれだけ言われ続けて、私個人の特性とか資質(脂質ではない)に全くもって敬意を向けてもらえなかったら、そりゃもー、逃げ出したく、なるよね。

 

よくもまあ、10年以上もったと思う。よくもまあ、私のホルモンが10年以上も分泌され続けてくれたと思う。その間に、しっかり子供たちは大きくなりましたことよ。おほほほほ。

 

 

折り返し地点

その人を、無条件に愛してくれるのって、親しかいないんじゃないか。

 

親は自分より先に亡くなることが多いから、それまでに、親の代わりに自分を愛してくれると勘違いできる相手を見つけて、結婚&生殖する必要があるのではないか。

 

しかし生殖と子の保育が終わり、ふとしたタイミングで、生殖の相手が自分のことを無条件に愛してくれるなんて考えたのは、単なる勘違いたったと気づくのではないか。

 

その頃には、親がいなくても、パートナーがいなくても、私は私をちゃんと愛してあげられるから大丈夫、とやっと安心できるのではないか。

 

安心できたところから、本当の人生が始まるのではないか。

 

私の人生、ここからだ。

 

 

こうして私は自己暗示をかける

おはようございます。いつも、朝起きていちばんにブログを書くので、寝ざめの気分を書くことが多いわけですが、私の場合、夜に布団に入ってから朝目覚めるまでが、一瞬です。あっという間。タイムワープのように、「わ、もう朝⁉」。

 

この年(42歳)でこれほど深く長く眠れる人って少ないのではないか、というくらい、よく寝てます。

 

ええ、ええ、何日か前には、「寝られない…つらい…」とか書いてましたよ。知ってます。覚えてます。そのときの私と、今の私は違うのです。人間、日々変化するのです。私は、まだまだ成長を続けているのです。絶対的、普遍的に「いい人」も「悪い人」も「寝られない人」も「よく寝られる人」もいません。ただ、目の前にいる相手、あなたに見えている私、がすべてです。

 

今日はちょっと肩が痛い。こっている? 認めたくないけど…。

 

いろいろ世間のマジョリティから外れることをしているので、「これで自分は完璧」と認めないと、はらはらと自信が崩壊してしまうのですよ。「会社をやめてストレスがなくなった!」とか、「収入は減ったけど肩こりから解消されて幸せ!」とか、「フリーの立場になって毎日深い眠りを手に入れた!」とか。とりあえず、言葉にしておくと安心します。

 

「仕事が大好きだから、働くのが幸せ!」なので、今日も出社します。あーたのしー!!

 

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ホクトさんも、がんばって! 配当、楽しみにしています。

 

 

 

燃~えろよ燃えろ~よ~

日常で満たされない欲求はさまざまありますが、半年ほほ前からやりたい、というかやらなければ動物的な部分の私がちょっとまずいのでは、と思っているのが、燃えさかる炎を見る、という行為でして。

 

都会の生活の中で、水にふれたり、風に吹かれたり、土に触ったり…はあまりないけどやりたいとも思わないですが、とにかく水と風はわりと感じることができるのだけれど、炎を感じる、というのが欠けてしまっているのではないかな、と思うのですよね。原始的な行為って、あまりにもやらないでいると、本能が壊れてしまうのではないか、という気がします。

 

あの、火の恐ろしさを、ちゃんと哺乳類として身体に思い出させないといけないのではないか、とか。これは後付けの理由で、本当のことをいうと、なんか、炎ってロマンチックだから。燃えさかるキャンプファイヤーみたいな炎を、恋人と二人で毛布にくるまって眺めながら、ココアとかホットワインとか飲みたい。

 

この夢、果たして死ぬまでにかなうかなあ?

 

ちなみに私、これまでにかなっていない夢があと2つありまして、それは、「公園で彼氏とキャッチボール」と、「学生と社会人という立場の違う相手との恋」です。これの夢も、果たして死ぬまでにかなうかなあ…かなり疑問。

 

炎の話に戻りますが、まあ隣にいるべき恋人は無理としても、炎を眺めたい、ガスの青い炎じゃなくて、赤いやつが見たい、という欲求が、突如むくむくわいてきたので、もしかしたら、楽天さんでキャンドルを買ってしまうかもしれません。

 

この週末にキャンドルを買ったら、私ってばもー情熱的な女ね、ってことで。買わなかったら、やっぱり私ってば理性的な女だわ、ってことで。

 

こうしてなりたい自分の姿を選ぶのです。問題は、どちらが自分のありたい姿なのか、よく分からないということです。

 

おやすみなさい。

 

自分と自分の愛する人の感情は別

はー。まけもけさんのぐわぐわ団が面白い。

ぐわぐわ団

ほんとに、毎日毎日、よくこれだけ面白い記事が書けると思ってしまう。しまってるんですよ、まけもけさん。大好きです。告白。

 

昨日は久しぶりにわりと早く帰宅できたので、ちょっとだけ調理をしました。料理とはとても呼べない、冷蔵庫のなかにあったものを適当に、調理。

 

絹ごし豆腐にキムチととけるチーズをのせてレンジでチンしたものが、とても美味しかった。味は知っていたけど、久しぶりに食べたら、思っていたよりずっと美味しかった。身体にも良さそうだし。

 

そのうち小2次男がきて、お腹すいたというので、冷蔵庫にあったベーコンでスープを作って、それだけだとお腹が満たされないかと思って、何か別に入れられそうなものを探したけど全然なくて、チーたらを入れてみたら、チーズが完全にとけて、チーズ味のスープになって、それはそれで美味しかった。…私がチーズ好き、ってだけか?

 

しかしそのあと、彼が度を越したわがままになって、さすがに私も3か月ぶりくらいにキレて、彼を叱りつけたら、姉である娘がしくしく泣いていた。次男のわがままで娘がかわいそうだから私が次男を叱るのだけど、娘はなんだかんだで弟が好きだから、自分はイヤな思いをしたくないけれど、自分が弟をイヤがることで弟が怒られている、と思うと悲しくなってしまうのだと思います。自分も大事にしたい、他人も大事にしたい。その葛藤の中で引き裂かれる娘。娘は何も悪くないのですがね。さらに言えば、次男も何も悪くないのですがね。まだ幼いだけで。

 

好きな人がいると、好きな人の幸せと、自分の幸せとの間で引き裂かれる、という現象がしばしば起こります。自分の感情と、相手の感情を切り離せないと、何がなんだかわからなくなって、みんな不幸になってしまう。

 

私はまけもけさんが好きだけれど、まけもけさんがそれを嬉しいと思ってくれるかどうかは分からない。そこは切り離さなければいけない。まけもけさんに迷惑をかけている可能性も、きちんと認識しなければならない。

 

私はきのこが好きでホクトの株を買って応援しているけれど、ホクトさんはそれを無条件で嬉しいと思ってくれないといけないので、上場企業って、大変ですね。

 

アーティスト・鈴木安一郎さんによるきのこの写真展 開催中! | きのこらぼ

 

ですって。静岡県三島市にて。どうぞお出かけください。

嗚呼また自己肯定してしまった

積んだ、と思っていた仕事が、なんとか一難去った感じ。仕事って、時間で区切るしかないよなー、と思う。

 

昨日、50代の男性と話していて、それこそ30年前に「24時間戦えますか」を地でやっていた人で、「今の人たちは本当に働かないですからね」みたいな話をされて、同意もできず、かといって、お客さまなので「いやそれは違いますよ」とも言えず。

 

モーレツに働くことにあこがれた時期が、私にもありましたよ。たぶん、余計なことをいっさい考えずに、働いて働いて働いて、倒れても点滴打ってまた働いて、みたいなことをしていたら、それはそれで自分をめっちゃ褒めてあげてたと思う。「私、がんばってるわ!」って。

 

でも、私はそんな働き方をしないでここまで来たし、今からそんな働き方をしたいとも思わないし、それをやらないからお前の会社はダメなんだと言われれば、はいそうですか、としか言えないし、それをやらないからお前はダメなんだと言われれば、はいそうですね、ダメな人間ですね、私は、と言うしかない。

 

でも、私の人生だからなー。私にダメ出しする人のために、生き方、働き方を変える必要もないしなー。

 

ふと思ったのだけど、人って、

 

・どんな状況でもめちゃめちゃ働いて、自分を肯定する人(俺、偉い)

・どんな状況でもめちゃめちゃ働いて、自分を否定する人(俺、こんなはずじゃない)

・どんな状況でもほどほどにしか働かず、自分を肯定する人(俺、これでいい)

・どんな状況でもほどほどにしか働かず、自分を否定する人(俺、これじゃダメだ)

 

の4つに分けられるのでは???

 

めちゃめちゃ働いてるか、ほどほどにしか働いていないか、っていうのも、自分で感じるのと他からの評価と、違うんでしょうけどね。たいていの人は、「俺、頑張ってる!」って思ってるはずだし。

 

ええ、私も頑張ってると思ってますよ。頑張ってる、もん!

 

ではでは、皆さま、よい1日を。

 

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書きたくないはずのことを書いている

昨日だったかなー。久しぶりに、お気に入りの、というか、お気に入りだった、になってしまったデニムシャツを着たら、明らかにキツくて。着た感じが、きゅうくつで。

 

あー、私、太ったわ、と。

 

年齢とともに太っても仕方のない年齢だとは思うのだけど。加齢のわりには体重が増えていないので、まだ大丈夫だと思っていたのだけど。

 

いやー、いかん。

 

って、書くだけで痩せないのも、情けない。

 

今日は、娘がクッキーを焼いてくれちゃったりしたもんだから、当然、食べ過ぎました。私、そこまで心を鬼にできない…。

 

とか言いつつ、なんでコンビニでサングリアの瓶とか買ってきちゃうのよ、私ってば、もう!!

 

は、やめよ。情けないことを、わざわざ書き連ねることもあるまい。

 

しかしなー、あと3キロくらい、体重落としたいなー。なんとかしたいなー。

 

おやすみなさい。