私にとって女性という性は

朝、口紅を塗りながらふと考えました。私は女であることを楽しんでいるかなあ、と。

 

少し前に口紅が欲しい、と書いていましたが、いよいよ前に使っていた口紅をすっかり使い切ったので、2本、赤い口紅を買いました。1本350円。3500円ではありませんよ。350円です。本当は別売りのケースに入れて使うもののようですが、別にケースがなくたって使い勝手は変わらないし、と、本体だけ同じ色を2本買って、使ってます。本当はもう1本欲しいけど、ちょっとだけ節約。

 

先日使い切った口紅は、少しローズっぽい赤でした。年をとって、ピンクとかベージュとかオレンジとか、健康的な色が似あわなくなってきたなあ、と感じていたので、ローズっぽい赤を探してローズっぽい赤を買ったので、そのときはけっこう気に入って、2本を使い切りました。

 

今回買ったのは、かなり濃いピンクのような赤です。子供用のおりがみの、袋のいちばん最初に入っているような赤。つけたては、本当に、真っ赤。印刷用語でキンアカと言うらしいです。マゼンタ100、イエロー100。

 

つけてしばらくすると、落ちてなじんで少しだけピンクっぽくなります。けっこう派手な色ですが、今の私のこの年齢と、この顔と、自分の性格的なこととか服装とかに、合っているのではないかと思います。しかし、それにしても、赤い。

 

真っ赤な口紅を塗る、という行為があまりに女っぽいなあ、と鏡を見ていて思ったので、私はそういう女っぽい行為を楽しんでいるのかなあ、とふと思いました。私は口紅もつけるし、この前ネイルを若草色にしてみたし、毎日ピアスも着けるし、髪の毛もこの前ハイライトを入れて明るくしたし、とそれなりにおしゃれと呼ばれる行為はしている。

 

けれども、それを好きでやってるか、とか、楽しんでやってるか、というと、あんまりそういう感じでもないような気がします。かといって苦痛だと思いながら世間体を気にしてやっているわけでもない。

 

言ってみれば、夜にパジャマを着て寝るように、強制されたわけでもなければ積極的に主体的に選択して行っているわけでもないけれども、特段おかしな行為でもなければ世の中の絶対的多数が行っていると断言できるような行為でもない。

 

 

私にとって性別って何なんだろう、と書いて思いついたのが、心臓に病気のある人の話。心臓に病気のある人は、いつも心臓の存在を気にしている。心臓が苦しくならないように、心臓に負担をかけないように、いつも心臓が自分の体内にあることを意識せざるをえない。

 

手術で心臓の問題がなくなった人が「初めて心臓の存在を忘れることができた」って言ってるのを読んだことがあります。私にとって女性という性は、存在を忘れることができているくらい、問題のないものなのかもしれません。真っ赤な口紅を毎日普通に塗ることができるくらいには。